仙石敗北“国策捜査”空回り「秘密主義がすべての始まり」

中国漁船衝突の映像流出事件で警視庁は15日、流出を告白した海上保安官(43)の国家公務員法守秘義務)違反での逮捕を見送った。この事件では、弁護士でもある仙谷由人官房長官が流出発覚当初から一貫して「由々しき事件」と断言。世論は保安官の行為を支持する声が圧倒的だったが、首相官邸はその声を無視するかのように立件を目指したとされる。“国策捜査”は結果的に空ぶりに終わった。

 「故意に流出させたなら、明らかに国家公務員法違反。罰則付きの違反だ」

 政府が一般公開を拒み続けてきた漁船衝突の映像が突然、動画投稿サイト「YouTube」上に公開された翌日の今月5日、仙谷氏は会見で「大阪地検特捜部の証拠捏造事件にも匹敵する」と語り、投稿者の刑事責任を強調した。関係者によると、官邸サイドは7日に警察幹部に直接捜査を要請、まだ海保が内部調査を進めている最中にもかかわらず、事態は「逮捕」に向けて一気に前進した。

 “影の宰相”といわれる仙谷氏の意向をくむ形で、8日には海上保安庁国家公務員法守秘義務)違反などの容疑で、警視庁と東京地検刑事告発最高検も同日、異例の「捜査開始宣言」を行うなど、海保、警察、検察の3機関が一斉に捜査に乗り出す前代未聞の「国策捜査」の火ぶたが切って落とされた。

 一方、こうした強硬姿勢とは裏腹に、世論は大きく反発。海保に激励の電話が相次いだことについて、仙谷氏は同日、「犯罪行為を称揚することで、そういう気分は日本国中に少々あるかも分からないが同意はしない」と強弁。保安官の“自首”で、事態が急変した10日も「しかるべき処分をしてもらいたいという国民が圧倒的多数」「(保安官の擁護論を言っている)学者とおぼしき方がいるが、ちゃんとした論文に書けといったら書かない」と、あくまで逮捕にこだわった。

 夕刻には、菅直人首相が鈴木久泰・海上保安庁長官を含む各省庁の事務次官に緊急招集をかけ、「二度とこういうことが起きないよう、私から指示するためにお集まりいただいた」と綱紀粛正をアピールした。

 しかし、すでにこの時点で、捜査関係者の間でも映像自体の「機密性」を疑問視する声が噴出。流出の経緯が明らかになるに連れ、仙谷氏を中心とする官邸サイドの意向とは裏腹に、逮捕は難しいとの見方が大勢を占めていった。

 保安官の任意の取り調べが続く15日午前、捜査に当たる最高検、東京高検、東京地検の幹部は断続的に協議を実施。「国家の秩序を守るためにも逮捕すべし」とする最高検に対し、地検、高検は「中国人船長釈放との整合性からも、国民は逮捕に納得しない」と抵抗した。

 当初は逮捕に積極的だった警視庁も、海保の映像管理のずさんさが明るみになるに連れ、「刑罰の話ではなく、懲戒処分の軽重をどうするかというレベル」と一気にトーンダウンし、最終的には検察に判断を一任。保安官が自らの意志で海保庁舎内にとどまるなど逃亡の意志もないことから、「強制ではなく任意で捜査継続」と結論づけ、官邸主導の「国策捜査」は事実上終結した。

 今後も任意の捜査は続くが、起訴の見通しは限りなく低い。迷走を続けた捜査展開について、警察幹部の1人は「官邸が映像を秘密にしようとしたことがすべての始まり」と吐き捨てた。

 一連の騒動について、板倉宏・日大名誉教授(刑法)は「流れの中で国策捜査の色調を帯びていくことになったが、もともとこれが国家機密であるかどうかという点をみると、秘密性は低く疑問符が付いた。海上保安庁刑事告発した以上、捜査はしなくてはならない。だが、検察も警察も逮捕しないことにした。これは当然の判断」と話している。

http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20101116/plt1011161647002-n1.htm