苦難の先に/希望の海、挑戦は続く

気仙沼を出港して1カ月半、怒られっぱなしの毎日で迷惑をかけてばかりです。つらいことは多いですが、必ず乗り越えていきます>
 気仙沼市の遠洋マグロ漁業会社「臼福本店」に15日、オーストラリアのフリーマントル沖で操業中の「第8昭福丸」(409トン)から電子メールが届いた。
 送り主は初航海に挑んでいる今原隼人さん(23)=宮崎県出身=。派遣社員として働いていた自動車工場で雇い止めに遭い、マグロ船を志した。
 「悩みや焦りも多いだろうが、頑張ってほしい」。専務の臼井壮太朗さん(37)は1万キロ離れた海に思いをはせた。

 未経験の若者が乗船するのは数年ぶり。国際減船などの困難に直面する地域で、久しぶりの明るい話題だった。昭福丸は4月27日、大勢の人に見送られ、港を出た。
 「この地域のマグロ漁業への期待をあらためて実感した」と臼井さん。航海の長期化や操業拠点の海外移転などで急速に薄れた地域との結び付きを、取り戻したいと考え始めている。
 お年寄りから子どもまで、地域の人が見送る「出船」の光景はかつて、日常だった。「乗組員の士気が高まるし、新たな観光資源にもなるはず」。臼井さんは入出港情報を事前にPRする仕掛けを関係機関に働き掛けている。

 鹿児島県いちき串木野市の新洋水産は、マグロの一部を商社から買い戻して、地元から九州一円に出荷している。
 商品ごとに漁場や漁獲日など、消費者からの質問に答えられる仕組みづくりを進め、携帯電話でも確認できるシステムの実用化を目指す。マグロ産地から、消費者との関係を再構築する狙いだ。
 「魚価安を嘆くだけでは何も解決しない。漁労現場の情報を消費者に発信できるのは、漁業者だけだ」。高校卒業後の約20年間、マグロ船に乗った社長の松元要さん(65)は力を込める。
 1999年の2割減船から今回の「国際減船」までの10年間、日本のマグロ船団は競争力を大きく落とし、漁業者は外国船や蓄養(養殖)産地との闘いに追いやられてきた。

 マグロ漁業の再生への「航路」は漁業者が連帯し、地域の消費者や関連産業とのつながりを回復していくことから、見えてくるのかもしれない。
 世界的なマグロ資源の減少と水産物需要の高まり。本当の海の豊かさを知る者ほど、持続可能な漁業への希求は強い。
 宮城県北部鰹鮪漁業組合(気仙沼市)は本年度、一部の所属船が実践していた「洋上授精放流」の実施を全国の漁業者に呼び掛けていくという。
 近畿大水産研究所(和歌山県白浜町)の指導を受け、産卵期に漁獲したマグロの卵に洋上で授精、放流し、資源回復を目指す取り組みだ。
 今のところ、効果は「データがないので定量的には言えないが、何もしないよりは確実に受精率が高まる」(同研究所)という程度。それでも、三陸の漁業者は、切実な願いを託す。

 漁場よ 消えるな。

写真:長い航海で傷んだ船体の補修が進む遠洋マグロ船。地域の「痛み」を乗り越え、持続可能な漁業を目指す新たな航海が始まる=気仙沼市


◆連載「漁場が消える―三陸・マグロ危機」は今回で終わります。(マグロ危機取材班=報道部・昆野勝栄、沼田雅佳、坂井直人、気仙沼総局・大友庸一、東京支社・山崎敦、写真部・門田勲、川村公俊)

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